第1夜

歩きタバコはやめたまえ」
と言ってその人は、ついさっき道端でもらった飲料メーカの販促品である小型のうちわを、彼に向けてひらひらさせてみた。
しかし、歩きタバコの彼は、その人に一瞥をくれただけでそこを通り過ぎてしまった。
「また声が小さかったか」その人はうなだれて言った。

その人の名は西川君という。ああ、名前とは一体、なんなのか。東ではなく西で、山ではなく川。なぜぼくは東山ではなく西川なのか。これはもう生まれてから100回くらい思っているな。などと物思いに沈んでしまった西川君であった。

コンビニで、
「袋は要りません」
と言っても缶コーヒー1つを袋に入れられてしまう西川君。まだ声が小さいのである。

敗北の印であるビニル袋を抱え自動ドアを出る瞬間、後ろから声が聞こえた。

「あの人、また東山がどうのって言ってたよ」