居残り作文

「一行目を誰かのセリフにすると良いですよ」
白紙の原稿用紙を前にして唸っていた僕に、加藤先生が声をかけた。
「何を書こうとしているの?」 顔をあげた僕に尋ねる先生。しっかり目と目が合ってから、それから一拍置いてから尋ねてくれた。優しい声だ。その時の僕は、唸りながら、今にも泣きたい気持ちだったから、その声はとてもありがたかった。
「のりゆき君が班長会に飛び込んできたことを書こうとしているんだけど・・・」 僕は言った。 「どうやって書いたらいいのかわからない」
「ああ・・・先生も憶えてるよ。飛び込んできたとき、のりゆき君は何て言っていた?」
「『もうすぐ先生がくるよ!』って言って飛び込んできた」
「それで、班長会の人たちに『うしろ!うしろ!』って言われたんだよね」 加藤先生は天井を見て言った。僕も思わず天井を見てしまった。 「うしろには私がいた」
「うんそれで、のりゆき君がすごいびっくりして・・・」
「みんなでげらげら笑ったよね」
「うん・・・」 僕の声は少し沈んだ。作文がかけないことを思い出したのだ。
楽しい思い出なのに、なんで何も書けないんだろう? 作文を書くたびに、こういう思いをしてきたんじゃないだろうか。いつも、どこに行ったとか、何をしたとか、余計なことばかり書いて、やっと原稿用紙が埋まりそうになると、「〇〇だったのは〇〇だったからだと思います」とか、「今度はそうならないようにします」とか、「こうすればよかったと思いました」とか書いて、終わらせてしまうんだ。いつも、本当に楽しかったことは書けない。


「面白かった」ではダメだと言われた。 「何がどう面白かったのか」 を書かないといけないと言われた。作文では、説明できることを書かなくてはいけない。
説明できないことは沢山あった。例えば、障子を破って笑い転げたことや、1日かけて作った雪だるまを蹴っ飛ばして首が落ちた時にどうしようもなく可笑しかったこと・・・あれはどうして面白かったんだろう? うまく説明できないし、こんなことで面白かったなんて言ったら、怒られるかもしれない。


・・・


「一行目をのりゆき君のセリフにする」 加藤先生が言った。 「それで書けるかな?」
「うん。やってみる」

「もうすぐ先生がくるよ!」
そう叫びながら、のりゆき君が班長会に飛び込んできた。
「うしろ!うしろ!」
会をしていた班長たちが言った。ぼくもそこにいた班長だったから一緒に言った。のりゆきくんが後ろを向いたら、そこには加藤先生がいた。のりゆき君はとてもびっくりした顔をして、変な声を出してそこから逃げた。ぼく達はげらげら笑った。加藤先生も笑っていた。


そこで手が止まった。


「先生!」 教卓に向かって僕は叫んだ。もう教室には僕と加藤先生しかいなかった。僕だけが居残りで、皆は帰ってしまったのだ。
「なに?」 先生が微笑んだ。
「どうして、のりゆき君のことをみんなは笑ったんだろう!?何で可笑しかったんだろう・・・」
「さあ・・・でも」 先生はまた天井を見つめている。 「のりゆき君を知ってる人なら、わかるんじゃないかな?」

のりゆき君はとてもひょうきんな人で、いつもみんなを笑わせています。ぼくはのりゆき君のことをとても面白い人だと思います。


そう書いてみたら、少し満足だった。


あれからも作文で困ったときは、一行目を誰かのセリフにしている。