すまない話

またいつものイタリアンで山君とご飯を食べていたら、後ろの席から短い悲鳴が聞こえた。振り向くと、雑誌が置いてあるラックの裏を、厨房から出てきた料理人がホウキの柄でつついていた。
虫か何か出たのかな、と思って向き直ったが、彼の「殺虫剤をくれえ!」という威勢の良い声にまた振り返り、他の客も全員、そこに注目することとなった。店内は一時騒然、というやつだ。
シューッというスプレーの音で、近くの女性客が今度は本当の悲鳴をあげた。ぼくの方からは死角だったが、何かが見えたらしい。続いて料理人の、「それほどでかくない」というつぶやきがあり、あまりフォローになっていないし逆に不安、という沈黙を全員が共有した(気がする)。
料理人は虫の死骸を外へ捨てると、「お騒がせしてすみませんでした!」と声を張り上げ、また厨房へ戻っていった。問題のラックに近かった女性客は別のテーブルに移ることとなり、しばらくして、そのテーブルには、飲み物とケーキが届いた。サービスか、コースの最後だったのかかは不明。
不思議にも、あまり気分は悪くならなかった。たぶん、料理人があまり申し訳無さそうな感じでは無かったからだろう。あれは本当に、すみませんだった。
虫が出たのでは退治しないわけにはいかないし、それには殺虫剤がいるし、もう雰囲気なんて、滅茶苦茶で、すみません。すみませんでした!
山君も「こういうこともあるんだね」と言っていたし、ぼくらのとなりにいた白人のカップルも、仕方ないよね、と目配せしあっていた。気がした。