息抜き

今日は久し振りに大学へ行った。2005年度の講義概要をとりに行くためだ。
事務室や図書室に行く先々で、職員に校内を案内されている新入生の団体をみた。
学校に入学するなど人生の変革時期の気持ちは、よく「期待と不安いっぱい」などと表現されるが、彼らはただたんに、とても退屈そうな顔をしていた。音で表すと「ぶすっ」だろうか。見えない敵に反発しており、どうもまだ居心地が無いようだった。ぼくも3年前はこうだったんだろう。今でこそ、この大学ですっかり居場所を見つけてしまい、自分の家のように、狭い校内をいったりきたりしているが、最初はおっかなびっくりだった気がする。家に連れてきたばかりの猫は所在無さそうにするが、それと一緒である。自分のいる場所がどんなところか知るまで安心できないのは、人間も同じなんだろう(というか「人間の何が猫と変わるところがあるのか」を示す方が難しいだろう)。
例えば人間は、初めて行った場所ではキョロキョロと周りを見渡してしまう。それを格好悪いと言ってしない人もいるが、その人だって、ただたんに目立たないようにキョロキョロしているだけで、キョロキョロしていることに変わりは無いはずである。


でも真にキョロキョロしない人もいるかもしれない。
ぼくは、電車の四人座りシートなどでは自分の目の前に座った人の顔を確認したい気持ちが抑えられずにいつもチラッと見てしまう(それを相手に察知されて一瞬目が合ったりする)が、これも「私はぜんぜん確認したいと思わない」というひとがいるかもしれない。
いたとして、そういう人は、どこかの壁に不自然な覗き穴があっても覗かない人だと思うのだが、どうだろうか。
つまり、そういう人は好奇心よりもメンツを大事にするか、メンツを潰れるのを極端に恐れている人のはずだ。と推測するのは、もしぼくが覗き穴を覗かない時の動機として「メンツを潰されたくないから」というものしか思い浮かばないからだ。
ボスザルの心理と一緒である。サルの群れに、サルが普段目にする機会の無いおもちゃなどを投げ込むと、それを真っ先に触るのはメスザルか子ザルだそうだ。ボスザルはメンツを潰れるのを恐れて、未知のものにいきなり触れない。他のサルが触ってどうやら安全だとわかって、はじめて興味を持ったような顔をして出て来るのだそうな。
つまりぼくはメスザルか子ザルということになりますが、まぁいいです。