喋る男とストーカー

毎度の昔話をしようとしている。
こうして何か書いていればそのうち頭の回転も上がってきて昔(これがいつなのかはっきりしない。幻かもしれない)のようになれるのかもしれないと期待しているわけである。いつからか思考に制約をかけて自由に物事を考えられなくなっているのを打破しようという試みだ。だが制約の大部分は自分の問題なわけだから、自分自身を変えていかなければ一歩も前に進めない。しかしそんなわかりきったことを反芻するよりは夜寝る前に何か書いておこうとか、そんな理由にもならない理由で、誰も得をしないエントリーをつくるために勝手に指がキーボードを叩きはじめるわけである。こういう嘘ばかりついていると本当につまらない(普通につまらないほうがマシという話)日記になるので、なるべく避けたいと思っているが、時々やってしまう。
これからは本当の話である。もう1年以上前だ。前の職場でストーカーされたことがある。なんだか前にも書いたような気がするが、検索してみたら書いていなかった。
1つ年下の普通の女だった。ちょっと変わっているな、とは思ったが世の中にずばり平均という人間が見つけられない(定められない)ように、誤差の範囲内だと思っていた。別にストーカーをしたということが特別ではないとも思うので、今でもそう思っている。だから最初の通り、普通の女だった、で正解だ。
いちいち話が長くなる。ぼくは喋るのが好きだから仕方がない。それにつきあってくれたのがその女だった。普段からどうでもいいことを言い合ったり何かについて意見を交換したりするくらいであるが、ある時ぼくに転勤の辞令が出てからその女から個人的な話をたくさん聞かされるようになった。ありていにいえば猛アタックされたのだ。アタックて。
ぼくよりたった1つしか違わないその人はもうほとんどはじめての恋のように盲目的に傾倒しだし、ぼくのことを最高の理解者であるとさえ言った。ぼくは困ったが事態は悪化の一途をたどり、最終的には引きこもる形になった。メール、電話、自宅へ訪問、その全てを無視する形になったのだ。別に言わなくてもいいのだが、肉体的な接触は最初から何一つ無いことを断っておく。
最後はぼくの家に勝手に上がっている(たまたま家に鍵をかけていなかった)ところを後輩と一緒に踏み込み追い出す形で終わった。実はその前の日に「会って話を聞くだけでいい、それが無理なら死ぬ」と言われたので、一晩中話を聞いてやった。それで終わりだと思ったのに勝手に家に入ってきたのである。もう行くところまでいかなければ止まらなかったのだろう。気持ちはよくわかる。男が同じことをやれば相手にどんな恐怖を与えるかと思うとできないだけだ。しかし女にされるのだって、結構怖いものである。5%くらいは、殺されるかもしれない、と思った。
追い出したその夜中にその女は再び訪問してきた。ぼくは起きていたが居留守を使った。何度も玄関がノックされる。聞き取れないが声も聞こえる。諦めて帰る足音、数分後、また扉をノックする音。それを何度も繰り返した後、郵便受けを開ける音が聞こえた。それを最後に、何も聞こえなくなった。
じゅうぶん時間を置いたあと、音を立てずにぼくは玄関へ向かった。深夜の郵便受けの中でぼんやりと光を放った小さな丸は今でもはっきり思い出せる。封を切っていないコンドームが1つ入っていた。あの光るやつ。「ひかる!」って書いてあった。やっぱ光ってた。