その振り返り方、猫!

ベンチが埋まっていたので、花壇の石囲いに腰掛けてタバコを吸っていたら、5メートルくらい離れている正面の女性と何度も目が合った。スーツを着ている二人組みの女性の片方だ。なにやら難しい顔をして話し込んでいるようなのだが、顔が時々こちらへ向く。ぼくはずっと目をそらしている状態。
気付くと、彼女はこちらへ接近し、ぼくの右隣に腰掛けてきた。すでにベンチは空いているし、何もこんな低い石囲い腰掛けることはないだろう、と思った。なにより距離が近すぎる。しばらくしたらもう一本、タバコを吸おうと思っていたが、そんな儚い気分も消えた。
連れはもう居ないみたいで、何か話し掛けてきそうだ、と思った。また、こっちから話し掛けなきゃいけないんじゃないか、というプレッシャを感じた。彼女が魅力的だったからだろう。
結局、不快感が勝ってぼくはそこを立ち去った。左手にある長い階段を上がりきり、左に折れる瞬間、下を振り返ったら、まだ石囲いに腰掛けていた女が眉間にしわを寄せてこっちを見ていた。あれは、睨んでいた。

話し掛けるべきだったかもしれない、と思ったが、もうやり直しはきかない。そんなことはないのに、そう思い込んでいる自分が嫌だった。どこまでお膳立てが必要なのか。このいくじなしめ。
地べたに座っているのとほとんど同じくらい低い石囲いに、座りにくそうに腰掛けてこっちを睨む女は、ちょっと愛しかった。
前もこういうことがあったかもしれない、と思った。そう錯覚するくらい典型的だった、ということだろう。