2.2

―――もう100枚くらい書いただろうか。30くらいまで数えていたが、数えてどうなるわけでもない。会心の一枚が書ければ、それで良いのだ。だがヤモメには、なかなかその会心が来なかった。

「俺は家を出る時、もっと遠くへいくと思っていた。いや、まず千賀子を訪ねて、それからすぐ遠くに行くと思っていた。なのに、なぜこうなってしまったんだろう」ヤモメは言った。会心より空腹が先に来た。食後に一息ついた最中である。
「遠くって、変なの」千賀子は少しも可笑しく無さそうに言う。「本当は考えてないんでしょ」
「いや、少しは考えてる」ヤモメは少しうつむいて言った。
本当は、あまり考えていなかった。このことを考えると、一番説得力のありそうな理由が、千賀子が好きだから、というものになってしまう。そんな簡単なものではない、とは思っている。しかし、何に対しても明確なスタンスを持てず、いまいち自分というものを信じきれないヤモメには、簡単でわかりやすい理由を否定しきれない。ヤモメはそれが歯がゆいが、崇高な動機を語る方が、ずっと抵抗があった。
ヤモメが考えているのは、つまりこういうことだ。「考えている自分を考えている」そういう一つ沈んだところへ、すぐに行ってしまう。ヤモメにはその自覚があった。 それが、崇高だとは思わない。高度だとも思わない。ただ抽象的ではある。だからヤモメは、「今何を考えている?」という質問に、まともに答えたことは、ほとんど無かった。なぜなら、世のほとんどの人は、抽象的なことを、そのまま抽象的に捉えようとはしないからだ。
わからないことを「わからない」と言うならまだ良いが、自分が既に知っているパターンにまで落とし込んで、理解した気になる奴は最悪だ。そして、そんな奴ばかりだ。 そんな奴が、平気で「あなたを理解したい」などと口にする。ヤモメは、そんな理解なら、一つだって欲しくなかった。