部屋も状況も精神も密室にしてはいけない

アパートに戻ってきた。2週間くらいしか経っていないのに、部屋に入った途端、狭さに圧倒された。だがそれもすぐに慣れ、これが本来の、つまりぼくに適当な広さなのだと思うまでになる。だいたい、冷房の効いた部屋から外へ出たときの変化に適応するくらいの素早さである。
実はこの部屋にちょっとした事件が待ち受けていた。部屋の隅に目をやると、まるまると太ったコオロギがいたのだ(密室蟋蟀潜伏事件)。どうしたものかと悩んでいたら(というよりも、どうすればいいかは分かっているがそれをしようかしまいかの決心がつかないでいたら)いつの間にか居なくなっていたのでホッとした。これで直接手を下す必要が無くなった、と思った。当面はいつの間にか出て行ってくれる可能性にかけることにしたのだ。
彼がここに侵入できたのはそれだけのスペースがあったということだ。なので脱出も可能なはずである。もっと沢山来る可能性もあるが・・・公園かここは。
こういうことがあるたび(というのは少し嘘だが)、僅かな可能性を残しておくことで可能性の高い見たくないものを不可視化するというシステムは必要だなと思う。これは現実逃避というよりも、杞憂を無くす、つまり精神衛生に必要なシステムで、例えば家に猫を飼っておけば、夜中の不信な物音にもびくつかなくてすむという効果があるのは周知のところだ。人が猫を飼うのはそのためだ、と言っても過言ではない。猫が人に飼われる動機の方がまだ議論の余地がある(これはジョークだからまともに考えてはいけない。「机が人に使われているのは何故だ?」と考えるのと同じである)。

小さな可能性を散りばめておくと安心できる。例えば今回のように、家は密室にしておいてはいけない。鍵くらいは閉めておいても良いが、それも道具があればすぐに開けられるようなものにしておくのが望ましいし、他にも隙間風が入ってくるような穴が(できれば沢山)空いていると良い。そうしておけば、家に何が侵入して来ようが驚かないだろう。
可能性は心の中にも散りばめて置く必要がある。例えば大金が転がり込んでくる状況をイメージしておかないと、自分がお金持ちになった時うろたえてしまう。その隙に騙されて一文無しにされる可能性もある。それに備え、しっかり準備しておくべきである。
しかし、大金が転がり込んでくる状況というのは想像しにくい。
何に比べて?
コオロギが転がり込んでくる状況より。