「遭遇、スズメバチ」

昼休みに中畑君と外食に出かけた。帰り道、中畑君が急に立ち止まり叫んだ。
「わっ、スズメバチだ!」
「わぁっ!・・・バカだな。これはスズメバチじゃない」
ハチは地面でじっとしていた。寝ているのかもしれない。
「本当ですか?スズメバチに見えますよ。でっかいなぁ」
「ぼくは実際に見たことがあるんだ。本物はもっと大きい」
ぼくらはスズメバチを起こさないように、そっと横を通り抜けた。そしてすぐ中畑君が話を蒸し返した(「虫」だけに)。
「私は図鑑で見ただけですけど、やっぱりあれはスズメバチでしたよ」
「本物をみたことがあるって言っただろう。信じないのか」
「じゃあはじめてスズメバチを見たとき、なぜそれが本物のスズメバチだとわかったんですか?」
「それは、その時周りの人が『わっ、スズメバチだ!』と言ったからだ」
「私もさっきそう言って驚いたんですけど。しかも私は図鑑を見てるんです」
「君の言うことも一理ある。でもあれはスズメバチじゃないだろう。さっきも言ったように、本物はもっと大きいんだ」
「・・・話が全く噛み合いませんね」
「なに当たり前のことを言っているんだ。そんなのは『お金が全然たまりませんね』と言っているようなものだ」
「一緒にしないで下さい。私はためてます」
そう言うと、中畑君はポッケのあたりを抑えた。サイフの感触を確かめたに違いない。
「君、勘定のとき『サイフ会社に忘れてきちゃいました』と言わなかったか?」
「言いましたけどそれが何か?」
「だからぼくが奢ってやったんだ。まさかそれも忘れてるんじゃないだろうな」
「今思い出しました」
「サイフは本当に忘れたのか。ポッケの中を見せてみろ。めずらしく、というか初めて上天丼を頼んだからおかしいとは思ってたんだ」
「何も入ってないから見せる必要がありません。さっきの話ですけど、だいたい、『周りの人が言ったから』って何なんですか」
「話を変える気か?何なんですかって何なんですか」
「何なんですかって何なんですかって何なんですか」
「何なんですかって何なんですかって何なんですかって何なんですか。言っておくが、ぼくからやめる気は無い」
そう言われると中畑君はうつむき、観念した様子をみせた。と思ったら長いため息を吐いただけだった。
「周りの人が言ったからって、それが本物だとは限りませんよ」
「たしかにそうだ。だが、図鑑だって同じようなものだろう。これがスズメバチです、と書かれていたとしても、本当かどうか怪しいものだ」
「図鑑は正確でしょう」
「図鑑も人間が作っているのだから間違う可能性がある。スズメバチのことを『ミツバチ』とか『柴犬』とか『織田信長』などと書いてしまうこともあるだろう。そんな図鑑を見た人は、スズメバチを見て『うわ!織田信長だ!』などと言ってしまうだろうが、それが非難されるものだとは思わない。中畑君も気を落とす必要は無い」
「気なんて落としてません。やっぱり、人の話と図鑑を一緒にするのは変ですよ」
「何も入ってないポッケを見せられないのもかなり変だ。『入っているから見せられない』と言うのならわかるが、『入っていないから見せない』というのはおかしい。トイレに入ろうとして、『今誰も入ってないから入れない』と言われたらおかしいと思うだろう」
「そんなに言うなら見せますよ」
「いやいい。見せると言うことは、もうそこには無いのだろう。どこに隠した」
「まるで麻薬捜査官みたいな言い方ですね」
「麻薬捜査官に詰問されたことがあるのか」
「あるわけないでしょう」
「体験の無いことを語るんじゃない。やはり、あれはスズメバチではないのだ」
「それとは話が別です。じゃあ聞きますけど、あれがスズメバチじゃないっていう証拠あるんですか」
「そうきたか。なら言ってやるが、スズメバチは普通、あの時間学校に行っているんだ。残念賞」
「はあ?どこの学校ですか。万が一そうだとしても、サボっていたのかもしれません」
「彼らは勤勉なんだ。君と一緒にするな」
そう言って、中畑君を完全に言い負かした時、会社に着いた。

会社に入ると中畑君は自分の席につき、引出しを開けぼくに中身をみせると、
「ほら、サイフあるじゃないですか。だから忘れたって言ったでしょう」
と言った。
これで中畑君は手品師だということが確定した。今度はお勘定の時に消えられるかもしれない。縄と手錠が必要だ(それでも、「脱出」されるかもしれない)。
中畑君のサイフには300円しか入ってなかった(絶対ダミーだ)。