横田さん

図書館へ行くと、いつも横田さんがいた。僕が高校生の時の話である。
「私、群れるのは嫌なの」
これが彼女の決め台詞。時にソファーを陣取るフリョウ達を睨みながら、僕に言う。僕だけに言う。
「私、群れるのはちょっとね」
時に、横田さんを慕って来る数人の女の子を軽くあしらったあと、僕に言う。僕だけにしか言わない。
「あのぉ、何読んでるんですか?」
「ちょっとね」
横田さんは、2人以上で行動する人には、つれない。
僕も横田さん同様、いつも一人なのだが、「群れるのはちょっとね」に強く頷けない。それが少し申し訳なくて、距離を置きたい。けれど彼女は僕だけに打ち明ける。「群れるのは嫌いなんだ」
―――
僕がしばらく図書館に行かなくなったころ、数人の女の子に囲まれた横田さんをみかけた。横田さんも僕を発見し、僕がたまたま村田と行動を共にしていたのを見届けると、プイッと僕らから視線を外した。その時、僕は心底ほっとしたのだ。村田を連れていて良かった、と。
僕がその程度の人間だから彼女もそうだろうという、いわば下衆の勘ぐりになるのだが、もしあの時僕が村田を連れていなかったら、彼女はその場で一人になろうとするか、次に僕に会った時「あの時群れていた事情」を僕に語り、「群れるのはちょっと」で締めくくったはずだ。それくらいはわかるくらいの会話を横田さんとはしているつもりである。そして、あの時以降僕らが言葉を交わすことは無かった。
僕は横田さんに言いたかった。猿は群れているが、人間は猿ではない。動機が一緒であってたまるものかと。
考えるのをやめたほうが早いかもしれないが。