スーツの男

猫の顔のアップ。カメラ引く。公園。木の枝にぶら下がっている猫。
スーツの男が息を切らせて公園へ入ってくる。猫を視野の端で捉えた瞬間、爆音。木の枝。猫はいない。その間、走る音と、断続的に爆音。
ハイヒールのアップ。猫がハイヒールの後ろに回る。カメラ引く。肩幅の広い女。爆音止まる。
:スーツの男「お前が肩幅の広い女だな」
:肩幅の広い女「私はあなたを知らない」
:スーツの男「その意外に大きい猫を渡せ」
ここで猫のスケールが判明する。意外にでかい。
:肩幅の広い女「この猫は私の持ち物じゃない。猫も私も、自由意志で動いている」
:スーツの男「その猫から離れろ」
爆音の正体。銃を構える。
肩幅の広い女がスーツの男へ突進。スーツの男、引き金を引こうとするが、舌打ち。横へ回避する。体制を立て直し、銃を再び構えたところで、猫に殴られる。ものすごい音。8メートルほど飛ぶ。
肩幅の広い女が笑う。
―――
スーツの男の意識の中。美しい少年の形をした死神との対話
「どうしてあの猫を追いかけている」
「弟の仇だからだ」
「仇討ちをしてなんになる」
「何もならない。でも、生かしておくわけにはいかない」
「お前は人殺しがしたいんだろう」
「違う」
「違わない。あいつを追いかけてるお前の頭には、殺したい、という思いしかない。引き金を引く瞬間には、殺す、という意識も無い。ただ当たるように、狙いを定めているだけだ」
「しかし・・・」
「弟に約束したんだろう?でも、そんなの、ただの惰性だよ。執着と言っても良い。殺したところで、虚しいはずだ。知ってるんだろう?場面は切り替わったんだ。昔なんて無いって、わかってるんだろう?」
「俺が覚えている」
「それが何になる」
「何にもならない。でも、それが全てだ」
―――
スーツの男が立ち上がる。拳銃を落として、猫へ近づく。猫が再び男を殴ろうとするが、男の様子を見て動きを止める。
:スーツの男「全てだからだ」
爆発。真っ白に光って、無音。


肩幅の広い女。ため息をつき、なで肩になる。

END