あっそう

言葉なんていくらでも溢れてきます。止めるのが難しいくらいです。ぼんやりしている人に「何をしているの」と聞いて、「ちょっと、考え事」なんて・・・。
何も考えずにぼんやりしていられるものでしょうか、と思ってしまいます。
色々考えちゃって、なんて、そんな、まさか・・・、いや、やっぱりそうだと思います。
例えば、今日の夕ご飯を真剣に考えたり・・・。
―――
私はこう思います。ご飯は一日に三度しか食べられないから、何を食べようか真剣に考えるのではないか、と。これが、いくらでも食べられるとしたらどうでしょう。また、一日に一度しか、いや一ヶ月に一度しか食べられなかったとしたら・・・。
どんな風に死ねたら良いか、と考えることもあります。人は一度しか死ねません。間抜けな死に方をしても、もう1度やりなおすことは死んでもできないと相場が決まっています。そして死体は火葬場へ行くと。THE・BODY。意味はありません。
けれど思うのは、一生に1度しかできないことだからといって、こだわるとは限らないということです。むしろ、1度しかできないことなんだから、そんな事にこだわっても仕方が無いように思います。
毎日することだからこそ、それにこだわって、マンネリ化を防ぐのではないでしょうか。そうです、つまりは、退屈しないため。
他に面白いことがないものだから、それに退屈しのぎを求めている、とも言えると思います。年をとるとどうでもいいことにこだわるあたり、そう判断できます。
だから、そういう大人が、つまらないこだわりを捨てよう、と一念発起しても、もっと人生がつまらなくなるおそれがあります。
ほら、そこのあなたなんて特に・・・。