ヤモメ3

トモイヤ公園に入ると、広場の端に板倉がいた。千賀子とヤモメからは100メートル以上離れているが、ヤモメはそれを一目で板倉だと確信した。
「話してくる」千賀子は言う。
「何を」間を置かずにヤモメが尋ねる。ヤモメは、千賀子がそう言うと思っていた。
「謝る」千賀子も間を置かずに答えた。
「今更だ」ヤモメが首を振る。

ヤモメを置いて、千賀子は板倉へ向かって歩いた。3メートルくらいまで近づいて止まると、二人は向かい合った。止まったのは、板倉が千賀子に気付いたからだろう。
千賀子から口を開いたのが見えた。何を話しているのかは、ヤモメには聞こえない。
2、3分経った頃、千賀子と板倉がヤモメの方を一度見て、向き直った。動きはそれだけだった。それから5分ほどして千賀子は戻ってきた。
「行こう」千賀子は言う。
ヤモメは頷いた。

結局、トモイヤ公園には板倉に会いに来ただけだった。 だが、会ったのは千賀子だけだ。なぜ自分も板倉の方へ行かなかったのか。ヤモメは千賀子と歩きながらそのことが気になったが、それを考えても、人と会う事にいちいち臆する自分と、そうではない千賀子との違いが明らかになるだけのような気がして、うなだれた。そして、そんなことを考えているうちに、千賀子が板倉と何を話していたのかを聞けなくなった。
過ぎた卑屈は鬱陶しい。
ヤモメは、千賀子といることで必要以上に卑屈になる自分が嫌だった。だから、千賀子から離れることに決めた。
それは逃げではないのか? そんな追い討ちから逃げるために、決めなければならなかった。

「俺はやっぱり遠くへ行くよ」ヤモメが口を開く。
「なら、餞別をあげよう」
「いいよ」
「お金じゃない。筆をあげる」
「筆をか」
「うん。まだ使ってないやつがいいかな」
「貰っても、使わないかもしれないぞ」
「使いたくなるかもしれない」

二人は千賀子の家に戻った。千賀子が玄関を開けると、そのまま動きを止めた。
「上がれ」
男の声がした。ヤモメが千賀子の背後から覗くと板倉が見えた。板倉の手にはナイフが握られていた。