チャット恋愛学

チャット恋愛学 ネットは人格を変える?
室田 尚子
4569644929

ISBN:4569644929


この本は「チャットにハマるしくみ」を書いた本だ。書名は「チャット恋愛学」となっているが、確かに恋愛に的を当てているものの、それはチャットにハマる仕組みを解き明かすために恋愛が一番適切な話題だからであろう。
著者は、「チャットの恋愛は、本質的にはリアルの恋愛と変わらない」として、しかし、チャットは恋愛を「加速させる」機能があると言っている(「恋愛」ではなくコミュニケーションとか親密度でも同じだと思うが)。
それを乱暴に要約(とても長いのでやむなく)すると、

顔や素性が見えない中、どんなことでも話せてしまい、「本当の自分」が理解されているという認識をもちやすく、また、マイナスイメージをフィルタにかけた自己が演出され、互いの「理想化」が現実よりも急速に進むチャット。


といったところであるが、こうしてみると確かに、やっていることはリアルの恋愛と全くいっしょである。自分をよく見せようと演出するのも、自己開示をしたり・されたりすることで、理解されている・理解している、という認識がお互いに生まれるのも、なんら変わるところがない。たんに、度合いの問題である。
そしてこの著者が問題にしているのはまさにその「度合い」だ。チャットによって急速に、そして濃密に築き上げられた理想像によって、冷静に考えれば「なんかオカシイ」と思うことも気づかなくなる、そういうチャットの危うさを、チャット恋愛にハマってリアルの生活を狂わせた人を例にとりあげた「ケーススタディ」の項などで訴えている(この項は、実際に著者がチャットにハマった中で見聞したケースを語っている。とても面白い)。

―――

著者の室田尚子という人を調べてみたところ、大学の講師をしたことがある人らしいのだが、この本はあまり学者らしい分析の仕方ではなかった。その点、「学」と銘打つ類の内容ではなかったと思う。
だがこれには、一人の女性(著者自身である)がチャットにはまり、依存し、そしてそこから距離をおき、冷徹な目でチャットというものを見つめ(そして自分自身を見つめ)、最終的にチャットを「楽しむためのツール」として使えるまでになった軌道が書かれており、特にチャットにはまったことがある人なら興味深く読める本ではないかと思う。


最後に、「おわりに」の項の一部を引用しておこう。

チャットによって取り結んだ関係は、ある意味、現実の社会での関係よりも濃い。恋愛や家庭、性の話など、仕事上で知り合った人とは決してしないようなことまでお互いにさらけ出し、またそうした会話を毎日何時間も行うのだ。その時相手と結んでいる関係は、むしろ「濃すぎる」くらいだ。だが、そこまで「濃すぎる」関係を築けるということは、それ自体がじつは「薄い」のだということを表している。なぜならそれは、相手の顔も声も、年齢も職業も住所も、さらには本名さえしらないチャットという「場限定」の関係だからだ。いちどチャットを去れば、その関係はきれいさっぱり現実社会では存在しないものとなる。
そう思った時、私は、チャットに「ハマる」ことのあやうさに気づいた。「濃すぎる」がゆえに「薄い」関係を人生のすべてにするのは、あまりに恐ろしい。むしろ私は、もっと地に足のついた、現実的な関係を大切にしたい。
こうして私はチャットから「おりた」。もちろん、だからといって、チャットのすべてを否定したわけではない。いまはこう思う。チャットに自分を埋没させるのではなく、自分の都合に応じてチャットを「利用」すればいいのだ。なんといっても、チャットは「楽しむための」ツールなのだから。


一部をとりあげて何かをいうのは気が引けるが、『そこまで「濃すぎる」関係を築けるということは、それ自体がじつは「薄い」のだということを表している』という部分、これは論拠が希薄のような気がした。この本は全編こういうところ(傾向とか性質とかい言うべきだろうか)がある気がする。重ねて言うが、やはり学者っぽいアプローチの仕方ではない。ほとんどエッセイとかコラムだと思って読んだほうがいいだろう。
その点が理解されないのか、アマゾンでの評判はちょっと悪いが(書名に「恋愛学」とあるのがよくないと思う)。だがこの本には、1人のチャットにハマった女性の、実感のこもった声がある。とても素直な声だ。
とても主観的な声だけれど、それはむしろ、とても客観的な視点があってこそ出てきた声だと思う。そういう声を出せる人がいることが、特にチャットの世界にいることが、ぼくにはとても面白かったし嬉しかった。
というのがこの本の感想である。


(ずいぶん偏った読み方をしている自覚がある。あまり参考にしてはいけない)
(ちなみにとても新しい本である。2005年8月3日初版)