怪物太郎

怪物太郎というあだ名の男がいた。そいつは6歳の時、すれ違ったレスラーに因縁をつけ、そのレスラーのみならず、取り巻きの十数人すべてを病院送りにした。そしてその全員が、両腕両足を折られていたという。
という嘘のような話を村田から聞かされた。夏の夜、二人で花火をやった後だった。
はじめは冗談で言っていると思った。しだいに、本当に恐ろしそうな顔をして語る村田を見て、怪談のつもりで話していると思った。
どちらでもなかった。それは本当の話だった。
そして怪物太郎はこの夏、刑期を終えてこの街に帰ってくるという。


最後に、村田が震えながら言った。
「そいつ、生れた時、4200あったんだって・・・」

「体重がだろ?それくらいなら、普通だ・・・」
声を震えないようにするので精一杯だった。
村田が黙りこくった。俺は耐え切れなくなった。
「おい・・・黙るなよ!4200って体重なんだろ!?別に普通じゃねぇか。だいたいそんな怪物みたいな奴いるわけが・・・」


村田が叫ぶ。
「握力だよ・・・握力が4200kgあったんだよ!!」


「な、何・・・?」
阿呆のように聞き返した。返事は返ってこなかった。


俺は頭の隅っこで考えていた。

なぜ、村田は怪物太郎の出所をそれほどまでに恐れているのだろう。
なぜ、怪物太郎のことを俺に話す必要があったのだろう。


一番重要なことなのに、考えたくないことだった。だから隅に追いやっていた。
すぐに村田に聞くべきだった。聞いて対抗策を立てるべきだった。だが聞きたくなかった。聞いたら元に戻れない気がした。お互いずっと黙りこくったままだった。


永遠とも思える時間が流れた後、村田が口を開いた。
「稲垣って苗字の半分は・・・」
俺の口が勝手に動いた。
「ガキ、ガキ、ガキ・・・」


後になって思うと、俺はこの瞬間に村田と一緒にやっていく決心をしたのかもしれない。