コムギコ大いに語るの巻。

よく、一生に一度でいい、何か1つの事を本気でやってみろ、っていうよね。人生の先輩。
ぼくが本気でやった事といえば、高校三年、春。受験勉強をはじめた。即挫折。次は絵を描きはじめた。割と本気。
とりあえず、美大を目指す事になる。美術部の顧問について、石こう像なんかをデッサン。つらい。なまける。そうしたら次は、家で油絵を描く。学校の道具を借りて。もう無茶苦茶。毎晩塗り重ねる。毎回違う絵になる。常にヘッドフォン装着。じぶんの足音も聞こえない。世界、変だ。
そして再度大学受験。少しがんばる。地元の大学へ。これは、美大からの逃避になる。
あっちへこっちへ、ふらふら。一番いやなことから逃げることが、動機か。つまり、しゃべり場では、「それって逃げてるんじゃない?」といわれてもしょうがない、ということになるよ。
ああ、髪が伸びた、切ろう。目に入ると嫌だからな。でもさ、それって逃げてるんじゃない?
胃が痛いから胃薬飲もう。
コーヒー熱いからちょっと冷まそう。
焼酎飲めないからビール飲もう。
不安だから就職しよう。
死ぬの怖いから生きてよう。


それをどうにか、いいほうに考える。ぼくはビールが好きなんだ。就職して社会に貢献したいんだ。生きてるって素晴らしい。
こう考えると、逃げている、って言うのは周りが指摘することじゃなくて、じぶんが自覚してはじめて問題になる問題に思える。だから、逃げている自覚が(突き詰めても)無い人に逃げていると言うのはただのおせっかいでしかない。突き詰めると自分のことを逃げていると評価するにいたるなぁ、という人相手に限り、「あなたは逃げている」という指摘が効果を発揮する。よって、大概の人には効果を発揮することになるからタチが悪い。逃げている、と言えば観念するだろう。鬼の首とったり!と思い込んでる人が使う場合が多いので腹が立つ。確かにチクリと来る言葉ではある。完全に否定は出来ない。言葉が詰まる。だがそれがどうしたんだよ。逃げていると指摘して、何なんだ。と、居直ってみても空しいので余計に腹が立つ。
今更確認してみたって、どういうことでもないんだけど。なんだか1人で想像していたら、急にくやしいので、書きました。


とにかく風呂好きになりたい。
明日頭くさいのいやだから風呂入る。しかたねぇ。めんどくせぇなあ。じゃなくてさ。ぼくってばお風呂大好き。マイブームは半身浴。てな感じにいかないかな、なんて・・・。