しゅぎょう

ぼくが小学生の頃には、「修行」と言って、単なるやせ我慢をしている人たちがいた。たぶん漫画の影響だ。
たとえば、雨の日に傘を差さないだとか、冬でも半ズボンですごす(もちろん1年通してずっとそうである)だとか。少数だが、針やカッターナイフで腕を刺している人もいた。
そういう人達は、「傘ささないの?」「寒くない?」「その傷どうしたの?」と聞かれると、少し照れながらも、「修行だ・・・」と答えていたのだ。
ちなみに「修行」をしていたのは、女性で1人、自分のまつげを全部抜いた人がいた(あれは不気味だった)のを除いて、全て男だった。

ぼくは最初に、「修行」を単なるやせ我慢と書いたが、滝に打たれる等、本式の修行だって、小学生の「修行」とは本質的に何ら変わりは無いはずだ。どちらも、苦痛を乗り越えることで自信をつけるという点では同じなのだから。
つまり、そう言ったぼくは、小学生の「修行」と坊さんの修行の両方をバカにするか、両方を認めるかというスタンスを取る必要があるような気がしてきたが、やっぱりそれは勘違いだった。
終わり。続かない。