小指事件

僕は以前、自分の不注意で左手の小指を切り落とした事がある。と言っても、ほんの爪先、だいたい1センチくらいのものだ。どんな不注意かと言うと、タマネギを切っているときにあまりに目にしみるので目を閉じていたのだが、そのせいで小指も切ってしまったのだ。その頃の僕は週に2回はカレーを作っていて、その作業に慣れてしまい、包丁の怖さを忘れてしまっていたのだと思う。
ちなみに今はすっかり回復している。少し爪の形が変わったかな、といった程度だ。今からその間のこと(切ってから回復するまで)を書く。
よく人が言うように、切った瞬間は痛くなかった。たいした怪我ではないとも思った。とりあえず、小指を水で洗い流して怪我の具合を見るために洗面所へ向った。その時に、床にポタポタと血がたれるので、捨ててしまうつもりでタオルを左手に巻いた。
小指を水で洗い流してびっくりした。今まで血で見えなかったのだが、小指の先がスパンと切れてしまっていて、平らになっているのだ。その平らの部分の中心に、なんだか白いものが見えて、それが骨なのかなんなのかわからないけど、「中身」と言う感じがして怖かった。怖かったが、冷静に、困ったな、とも思った。家には包帯やガーゼや消毒液が無いからだ。どうしよう。
とりあえず、左手を上にあげながら、切り落とした小指を見つけるために、リビング兼台所へ戻った。もしかしたら、今なら繋がるかもしれないと思ったのだ。それはすぐに見つかった。半分ほど輪切りにされたタマネギの横に、おもちゃみたいに鎮座していた。真っ白で、出血が全く無い。爪もしっかりついて、ぷにぷにしている。それがおもしろくて、笑った。こういう場面で笑うのは精神のバランスを保つためなのかもしれない。僕はそれをもって洗面所へ行き、左手小指の血を洗い流してからおもちゃの小指をくっつけた。それはびっくりするぐらい見事にぴったりとはまった。もう全く問題ないように思えた。それぐらいぴったりはまったのだ。しかし、すぐに血が出てきて、それが切れ目をあらわにする。触るとおもちゃの小指がずるりと落ちる。血もたくさん出てくる。ここで本格的に、困ったな、と思った。
とりあえず119番に電話してみた。一体どうしたらいいのかわからないので、相談しようと思ったのだ。
「消防ですか?救急ですか?」
僕はそのセリフを想定していたので、相手が言い終るとすぐ
「救急です」
と返した。そして今の状態を説明すると、切断した指の縫合ができるのは新潟市民病院だけだと言われた。遠い。行くのは救急車で連れて行ってもらえるのでいいが、帰るのが面倒くさいと思ったので、とりあえず断わった。今思うと何故そんなバカな理由で断わったのかわからない。家には何もないのだ。断わってどうするんだよ。頭悪い奴だな。もちろん自分の事だ。
それから僕は、学校へ電話をした。これもバカだ。既に夜の8時になろうとしている。かなり慇懃な態度で電話に出た学校職員に僕は「校医はいるか?」と聞いたのだが、「いるわけがない」との旨をかなり人を馬鹿にした口調で言われてしまった。僕が馬鹿だからもしれないが、腹がたった。その怒りの勢いで再度119番を押し、すぐに救急車に来てもらう事にした。最初からそうした方がよかった。
30分もして、救急車はやってきた。ピザなら無料になるだろうし、もし僕が心停止していたら死んでいた。無料とかじゃすまない。そんなことは実はどうでもよくて、隊員がかなりフレンドリーなのが印象的だった。僕の部屋を見るなり、「たまには掃除しなきゃね、彼女が入れないだろ?」だ。「そんな事より僕の左手小指を見て!」と言いたかったが、慌てると格好悪いので、とりあえず「はい」と言っておいた。
やっぱり慌てなくて良かった。すぐに彼は小指を見てくれて、救急車の中へ案内してくれた。救急車は信号なんか関係無しに、市民病院へ向った。こんな軽症なのに、こんな特権を使うのはちょっと申し訳なく思った。そして同時に、救急車に乗っているひとは瀕死の人だけじゃないんだなぁと当たり前のことに気付いた。道をかきわけて走る救急車の中に、ちょっと転んだだけみたいな人が乗っている事もよくあるんじゃないだろうか。というか、ここまで読んでいる人いるんでしょうか。今日は特にすいません。
さて、今回はここまで!続きはまた今以降。