廊下にて

ミドリ君と一緒に研究棟へ行く途中で、はじめてみる男がこちらへ近づいてきた。どうも、かなり近づくまで僕のことが目に入っていなかったらしく(ミドリ君しかみていなかったらしく)、彼は、僕らのすぐ目の前にきてからやっともう一人いることに気がついた様子で、ぴくっと身体をこわばらせて僕のほうを向いて、こう言った。
「あの、あなたはミドリさんの彼氏かなにかですか?」
「彼氏かなにかというと、彼氏以外のすべてがふくまれるので、はいと言う他ないんですが」
「彼氏ですか?」
「違います」
僕はジョークを言ったつもりだったのだが、全く無反応であったので、少ししょんぼりした。やはり僕に冗談の才能はなさそうである。
ともあれ、彼は僕の返答に満足した様子で、少し鼻をを膨らませて、改めて僕を無視してミドリ君へ向き直った。そして、言った。
「ミドリさん、僕と付き合ってください」
そしてみどり君が、まるでずっと前からこの答えを用意していたように即答した。
「断わります」
これで終了。にはならなかった。男は怒ったように、言った。(実際怒っているのだろうが)
「なぜですか?僕の何が悪いんですか?」
「どこも悪くありませんが。」
「顔が悪いんですね?僕の顔が悪いんですね?」
「良くは、ないですね」
僕もその点については同感である。男は言った。
「顔が悪いからだめなんですか?あなたは顔しかみれない女だったんですか?」
「なぜそうなるのでしょうか」
なぜそうなるのだろうか。というより、日本語が変だ。
男は、それからしばらく、といっても10秒くらいだったが、黙ってから、「もういいです」と言って去った。なかなか、ひさびさにおもしろい出来事ではあった。この後ミドリ君は、僕にこうもらした。
「容姿が悪いからと言って卑屈になっている人に魅力は感じられませんね。それに、あの人が私に告白したのだって、私の顔をみてのことなのに、俺のことは顔で判断するな!って言うのはおかしいです。矛盾です」
確かに矛盾しているのだが、自分のことは棚に上げるのは人の常である。それを言ったら、
「あの人の場合、棚にあげすぎて、もうどこにしまったか忘れちゃったんですね」
だ。どうも今日のミドリ君はサービス精神旺盛である。彼の告白は失敗に終わったが、ミドリ君の機嫌を良くすることくらいはできたらしい。